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2008.02.24

2/23の日記

 午前中。
天気良かったんですが、何故か惰眠を貪って昼前まで寝てた(-_-;)
その後、TIFFANYいぢりでもしようかなぁと思いつつ、Webサイト巡回しているうちに午後になって、滅茶苦茶凄い強風が吹くようになって中断、、

 強風の影響。
市ヶ谷某所の工事現場の足場が倒れそうになって、靖国通りが通行止めになってるっぽい、、
まぁ、電車は何時も通り。

 宣伝:2月23日土曜日、ロフトプラスワンのイベントに出演しますに行って来ました。
っつう訳で、Open1800だったのですが、打ち上げが遅れに遅れた14号機のお陰で、早く入場できてパプリックビューでH-IIA14号機のNet中継が見れました。
LOFTPLUSOneで14号機打ち上げ中継音声、5分19秒、mp3形式、64Kbps、Stereo、2499.8KB。

 さて、種子島に行けなかった負け組みの方々(爆笑)。
松浦氏の口上から始まりました、ロケットまつり、今回は日本ロケット開発の父である糸川先生に焦点を合わせてのお話、、
何時もの如く、松浦氏、林氏、長岡氏、垣見氏、あさり氏は遅れて到着

 、、だったのですが、まぁ糸川先生話題からぶれるぶれる(笑)。
話題脱線がこのイベントと醍醐味?(と言うか、脱線した話題こそ貴重なネタだったりするので)なんですが、果たして糸川先生がどこでそう言う将来を見る力や技術・精神、そして人を育てる力を持ったかと言う事で、中島飛行機の社風と創立者中島知久平の精神の話題に、、
中島飛行機の太田工場がその後の富士重工=SUBARUに、東京工場が富士精密を経て元立川飛行機のたま自動車と合併してプリンス自動車となり、日産と合併して日産プリンスとなり、最近にロケット部門がIHIと併合されてIHIエアロスペースとなり、、ってのは良く知られている話なんだけども、中島飛行機が無くなった時とかのOBや辞めた技術者を積極的に受け入れたってのが本田技研工業オヤジだとは知らなかった、、
 多分オヤジさんも。
中島飛行機がちゃんとした大規模企業で日本で初めて航空機用エンジンを開発生産したところってのを知ってたからなんだろうなぁ~
戦前・戦中の発動機屋さんの技術が戦後の自動車企業を支えているってのが良くわかりますよ。

 品質と生産管理。
日本のモノヅクリは工芸とあまり代わりなかったが、西堀栄三郎後に急激に変化していく。
#戦中に品質・生産管理を徹底的に行なった真空管"ソラ"は「新橋の芸者でも生産可能」とまで言わしめた、徹底的生産マニュアルを作った見たいだし、、
この、西堀栄三郎さんって方も、また変わった人(凄い意味で)だよねぇ~(´ー`)

 秋田放送(秋田魁新聞もか?)から出てきた道川時代の映像と徹子の部屋に出演した時の糸川先生。
あるところにはあるんですねぇ~
そんなVHSテープが映されました。
昭和のロケット屋さんのP160辺りでノズルがぶっ飛んだ4コノズル地上燃焼試験の映像とかもの凄い貴重なモノクロ8mm映像が残ってます。
徹子の部屋は2回目に出演なされた糸川先生(当時79歳)あともうチョッとで80歳な放送ですが、皆さん糸川先生よりもぜんぜん変わってない徹子さんに驚愕なされてました(笑)。

 後半戦、、
日本モデルロケット協会山田氏が突入?してのペンシルロケット談義に。

 見た人は知ってると思いますが、、
某テレ東系な"鑑定なんでも鑑定団"スペシャルで、ペンシルを出品した方(になってる)(笑)が垣見氏で、鑑定した方が山田氏です。
鈴木順氏と同じでこの方もアナウンサーなんで、もの凄く話すのも纏めるのも上手です。

 やはり、同等品ペンシルでましたか、、
放送後の反響がもの凄かったらしく、「家にもある!」と言う反響が凄かったらしいです(上記写真に写ってるのも同等品ペンシル)。
昭和のロケット屋さんとか読めばわかるのですが、ペンシル(と呼ばれるモノ)の正確な生産機数がわからないそうで、富士精密=プリンスに対抗して東大糸川研でも相当数の同等品を生産しているし、記念贈答品用途のモノも製造されてるし、短期間ながら宇宙研のお土産屋(相模原の大学生協?)で¥1万でお土産モノも販売してたらしい(あさり氏が持ってる)ので、あの鑑定価格の条件は「荻窪・千葉生研での水平発射か道川で発射されたor発射されるべく生産したモノ」で「宇宙に行ったモノ」との事で、、
#まぁ、そうだわなぁ(´ー)y-~~~
逆に言うと、道川海中には錆びたペンシルが今でも眠ってるかも、、らしい(´ー`)

 そ、それは駄目でしょう~(笑)。
何時ものアレやったんですが、モデルロケット協会会長の眼前でそれやっちゃ駄目でしょう(´ー`)
曰く「個人でコレだけ貴重なモノを持ってるのが変だ」との事(笑)。

 纏め。
山田氏が鑑定なんでも鑑定団内でも発言したのですが、糸川氏の最大の功績は、「どの国でも宇宙開発は政治や国家が決めてはじめたものだが、日本だけは糸川博士と言う一人の人間が始めて宇宙に到達した」コレだけははっきり言えると(大拍手)、、

 今回も、、
樋口さん飛んで行った Orz、、
モルツ生飲み過ぎなんだよな>ヲレ

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